ニューヨーク州における遺産相続

  • 公開日:2024年05月13日

【執筆者情報】

栗林 勉

代表・パートナー弁護士、米国ニューヨーク州弁護士

栗林総合法律事務所の代表。米国ニューヨーク州の弁護士資格を有する国際弁護士。海外に資産のある方の相続手続きの他、国際的紛争の解決や国際取引に関する契約書の作成、中小企業の海外進出支援など、国際法務に関する業務を幅広く扱う。X(旧Twitter)

目次

ニューヨーク州に相続財産がある場合

遺産相続の手続きの途中で、被相続人がニューヨーク州内に財産を有していたことが分かった場合、どのような手続きをとる必要があるかを悩まれることがあります。

この中にはニューヨーク州の法律上どのような手続きが求められているのかという問題と、アメリカでの相続税の支払いが必要かという問題の両方が含まれています。

ニューヨーク州内に物理的に所在する財産

アメリカの相続手続きや遺産税との関係で、故人が残した財産がニューヨーク州内に所在していると言えるかどうかをまず確定させる必要があります。

この点、被相続人の死亡時においてニューヨーク州内に物理的に所在する不動産や有形の動産はニューヨーク州内の財産とみなされます。

不動産としては、一戸建ての家、コンドミニアム、アパートなどがあります。
有形の動産としては、家具、車、芸術品、アンティークなどがあります。
これらはニューヨーク州に所在する財産ですので、これらの財産の承継についてはユーヨーク州の補助的プロベイト手続や補助的財産管理手続をとる必要があります。

銀行預金、株式、その他の有価証券の承継手続き

プロベイト手続きを必要とするかどうかなど、遺産の承継手続きとの関係では、銀行預金、株式、その他の有価証券(組合持分、投資口、パートナーシップ持分など)については、これらを所有する外国人の本国(日本人の場合は日本)に所在する財産とみなされます。

従って、ニューヨーク州の銀行に預けている銀行預金や、ニューヨーク州に所在する会社の株式、ニューヨーク州の組合などに投資したその他の有価証券についても、ニューヨーク州に所在する財産とはみなされず、本来はニューヨーク州のプロベイト手続きの対象とはならないのが原則です。

従って、被相続人の相続手続きを行う遺言執行者や法定相続人が、直接ニューヨーク州にある金融機関、株式の発行会社、ファンドのジェネラルマネージャーなどに連絡をとり、相続を原因とする名義書換請求を行うことになります。

但し、銀行預金の解約については、金融機関からは財産管理人の証明書を求められることが多く、少額の預金を除き、ほとんどのケースで補助的プロベイト手続や補助的財産管理手続を要求されることになりますので、結局補助的プロベイト手続きや補助的財産管理手続きを取らざるを得ません。

これに対し、株式や出資口、その他の有価証券については、補助的プロベイトや補助的財産管理人の手続きは必要ありませんので、直接名義書換請求を行うことができます。

コーポラティブアパートメントの承継手続き

コーポラティブアパートメントとは、投資家が不動産を直接所有するのではなく、投資家は不動産を所有する会社の株式を所有し、不動産所有会社から株主に対して賃貸(リース)がなされる形態の不動産です。

株式やリースの権利は、無形資産になります。財産の承継の観点からは、ニューヨーク州に所在し、故人の名前で所有される財産についてのみ補助的手続きが開始されるところ、株やリースの権利については、本来は投資家の本国に所在する財産であると考えられ、その相続について補助的プロベイト手続や補助的財産管理手続は必要ないと考えられます。

但し、コーポラティブアパートメントの管理会社からは、名義変更手続きに際して裁判所の選任した財産管理人の了解を求められることが多く、最終的には補助的プロベイト手続や補助的財産管理手続きを取らざるを得ないことになります。

コーポラティブアパートメントの税務上の取り扱い

連邦政府は、もとになる不動産が所在する場所に無形資産が所在するとみなしますので、ニューヨーク州に所在するコーポラティブアパートメントについての株式やリースの権利は連邦遺産税の対象となります。

これに対し、ニューヨーク州では、株式やリースの権利は無形資産であり、外国人の本国に所在するとみなされますので、ニューヨーク州の遺産税の対象となりません。

ニューヨーク所在財産の相続手続き

日本人がニューヨーク州に財産を残して亡くなった場合、ニューヨーク州でどのような手続きが必要かは、故人となった日本人が遺言を残していたかどうかで異なってきます。

補助的プロベイト(ancillary probate)(遺言検認手続き)

被相続人の遺言書がある場合、最初に日本の家庭裁判所で遺言書の検認の手続きをとることが必要です。

遺言書において遺言執行者が選任されている場合は、その遺言執行者が相続財産の管理権限を有することになり、遺言執行者が選任されていない場合は、相続人が財産の管理を行う権限を有することになります。

相続人や遺言執行者は、財産目録を作成し、遺言書や遺産分割協議書に基づいて、日本国内の財産だけでなく海外の財産も承継できるよう名義書換などの手続きを進めていくことになります。

アメリカや香港、シンガポールのようなプロベイト手続がとられている国以外の国においては、相続人や遺言執行者が、死亡診断書、戸籍謄本、遺言書などで相続財産の管理権限を示して、現地の財産の名義書換を直接行うことができます。

これに対し、ニューヨークに所在する財産については、ニューヨーク州で弁護士を雇い、ニューヨークの裁判所に対して、ニューヨークの財産管理を行う補助的遺言執行者を選任することが必要となります。

補助的というのはancillaryの訳で、日本の財産管理人がいる中でニューヨーク州の財産についてのみ選任される管理人という意味で補助的(ancillary)という言葉が使われています。

Ancillaryは補助的とか付随的という意味です。被相続人の遺言書の中で日本人の遺言執行者が定められている場合であっても、ニューヨーク州のプロベイト手続きにおいては、ニューヨーク州の遺言執行者を別途定める必要があります。

従って、ニューヨーク州における遺言執行者は、ニューヨーク州に住所を有するプロベイト手続きの申立代理人弁護士などがなるのが通常です。
なお、日本の遺言執行者とニューヨーク州の弁護士の両方がニューヨーク州のプロベイト手続きの遺言執行者に選任されることもあります。

補助的財産管理(ancillary administration)

外国人である被相続人の遺言がない場合は、補助的財産管理手続(ancillary administration)という手続きが取られます。

Ancillary probateと名称は異なりますが、ニューヨーク州の財産管理人を選任し、その財産管理人が債務の支払や財産の分配を行う点ではancillary probateと異なるところはありません。

補助的手続き(ancillary proceeding)

Ancillary probate(補助的プロベイト)とancillary administration(補助的財産管理)をあわせて、ancillary proceeding(補助的手続き)と言います。
ニューヨーク州の裁判所が日本で確認された書類を確認し、遺言書が有効であるかどうかや、遺産分割手続きが適正であるかどうかを確認するものです。

確認する文書には、死亡診断書、遺言書、遺産分割協議書、戸籍謄本、印鑑証明書、日本の弁護士の意見書などがあります。
これらの書類は全部英語で作成するか、英語の翻訳文をつける必要があります。

ニューヨーク州の裁判所が全ての文書が有効であると認めた場合は、ニューヨーク州の財産管理人に対して資産を換金し、ニューヨーク州内の債務、連邦税及び州税、財産管理費用を支払うことを命じます。

財産管理人は、債務の支払いを行った後、裁判所の許可を得て、相続人に対して残った財産を送金してきます。送金は小切手による場合もあるし、銀行振り込みの場合もあります。

Small Estateの手続き

ニューヨーク州に所在する財産の額が5万ドル以下の場合、small estateという任意の財産管理手続きを行うことが可能です。

複数の州に不動産を有している場合

被相続人がアメリカ国内の複数の州に不動産を有している場合、日本の相続人ないし遺言執行者はそれぞれの州で補助的プロベイト又は補助的財産管理の手続きをとる必要があります。

会社形態での不動産の所有

不動産、芸術品、動産などの有体物がニューヨーク州内にある場合には、補助的手続きが必要なのは上記の通りです。

但し、ニューヨーク州内の財産が被相続人個人によって所有されるのではなく、LLC、信託、会社によって所有される場合は、ニューヨーク州内の財産について補助的手続きは必要ありません。

ニューヨーク州の不動産をニューヨークに所在するX株式会社に所有させ、X株式会社の株式を日本で設立したY株式会社に所有させ、Y株式会社の株式を被相続人が個人で所有する場合、ニューヨーク州における補助的手続きを完全に回避することができます。

但し、ニューヨーク州の不動産をLLC、信託、会社の名義で所有している場合に、連邦遺産税が課せられるかどうかは、パススルー税制が選択されているかどうか、使用目的が個人での使用か法人での使用かなどで異なる可能性がありますので、エステートプランニングを検討する場合は、よく確認しておく必要があります。

ニューヨーク州財産の贈与

日本人がニューヨーク州にある会社の株式や有価証券(無形財産)を第三者(親族を含む)に贈与した場合、外国人による無形財産の贈与となります。
この場合、連邦も州も課税しない扱いですので、アメリカでの贈与税は課されません。

その後、贈与をした人が死亡したとしても、死亡時には故人が所有していた財産がありませんので、連邦税や州税が課せられることはありません。但し、日本で贈与税が課せられる可能性については別途検討が必要です。

生前信託(Living Trust)

生前信託は、自己が有する財産の一部を信託銀行など信託財産管理人に譲渡し、信託財産管理人から将来金銭の支払いを受けられる権利(受益権)を取得するものです。

信託契約の中で、自分(信託設定者)が死亡したときに信託受益権をだれが承継するかを指定することもできます。

生前信託も、被相続人が生前にある特定の財産を相続財産から切り離すという点では贈与と同じ効果を有します。
また、生前信託の場合、プロベイトの手続きを回避できるだけでなく、日本における贈与税の支払も回避できる可能性があります。

Joint Tenancy及びTenancy by the Entirety

ジョイントテナンシーは合有状態にある不動産の所有形態を言います。夫婦でコンドミニアムを所有する場合などにジョイントテナンシーの方法が用いられます。

この場合、夫婦の一方が死亡した場合、死亡した者の財産は何らの法的手続きを経ずに残された配偶者の所有になります。
残された配偶者の権利が、何らの手続きなしに自動的に50%から100%に増えることになります。

ニューヨーク州にジョイントテナンシーの権利を有していても補助的手続きの対象とはなりません。
なお、被相続人が日本人の場合、相続人は無制限納税義務者となりますので、アメリカにある財産についても日本の相続税が課せられることになります

。ジョイントテナンシーの法的性質については、日本の民法に規定のある共有ではなく、特殊な所有形態である合有であると考えられますが、相続税との関係では、ジョイントテナンシーは死因贈与や遺贈とみなされ、死亡した者から他の合有者(通常の場合配偶者)に対して死亡によって権利が移転したものとみなされます。

被相続人の持ち分については、被相続人の死亡と同時に、残された合有者(配偶者)に対して被相続人の持ち分が移転したものとみなされ、日本の相続税や贈与税の対象となります。

ニューヨーク州内に物理的に所在する財産の税務上の取り扱い

ニューヨーク州内に物理的に所在する財産については、連邦遺産税の目的上も、ニューヨーク州の遺産税の目的上もニューヨークの財産と考えられますので、それぞれの税金が課税されることになります。

銀行預金、株式、その他の有価証券の税務上の取り扱い

外国に居住する外国人がニューヨーク州の銀行預金、株式、その他の有価証券を所有し、株券などを本国での金庫で保管している場合、アメリカ合衆国の連邦税の目的ではアメリカに所在する資産とみなされますので、アメリカの連邦遺産税が課税されます。

これに対し、ニューヨーク州の遺産税の観点では、アメリカに所在する財産とはみなされませんので、ニューヨーク州の遺産税は課税されません。

連邦遺産税の控除

アメリカ人の場合には、申告期限までにきちんと申告を行えば、連邦遺産税は遺産額が1361万ドルになるまで控除されます(2024年の場合)。

一方、外国人に対する連邦遺産税は原則として、アメリカにある遺産の額が6万ドルまで(税額でいうと1万3000ドルまで)しか控除されないこととなりますので、アメリカ国内にある財産の時価(及び生存中に贈与を受けた財産の額)が6万ドルを超える場合には、6万ドルを超える部分についておよそ26~40%の連邦遺産税が課せられることになっています。

従って、アメリカにおける相続税の額は極めて高額になる可能性があります。また、州の遺産税も課税されますので、合計の税額は極めて高く(財産の時価の50%近くに)なります。

アメリカ合衆国の相続税条約

上記のように外国人がアメリカ国内に財産を残して死亡した場合、極めて高額の連邦遺産税や州の遺産税が課税される可能性があります。

これに対して、アメリカ合衆国との間で相続税条約(estate tax treaty)が締結されている国の国民については、アメリカ人に適用される税額控除額に、被相続人が世界に有する全遺産額のうちアメリカに所在の遺産額が占める割合を乗じて算定した税額控除を受けることができます。

但し、州の税金については特別の控除はありません。現在アメリカ合衆国は、17か国との間において相続税条約(estate tax treaties)を締結しています。

日本もアメリカとの間で日米譲渡税条約(Japan-United States: Transfer Tax Agreement (1954))を締結しており、同条約の第4条において、米国が、財産が米国内にあることを理由として、その財産に対して相続税を課税しようとする場合に、一定額の相続税額を控除することを米国に求める規定を設けています。

本条の目的は、アメリカ人であれば相続税額の控除を受けられる場合には、日本人もアメリカ人に適用される控除額をベースとして、遺産全体の米国に所在する遺産の割合に応じて控除を受けられることとし、もって相続税に関するアメリカ人と日本人との間における内外の著しい不均衡の是正及び二重課税の排除を図ることにあります。

したがって、日本人については相続税条約に基づく申告を行うことで、連邦遺産税について、アメリカに6万ドルよりも遺産があっても、アメリカ人に適用される控除額をベースとしてアメリカに所在する遺産の割合に応じて算出された控除を受けられることになります。

一方アメリカでの申告を怠った場合は、相続税条約に基づくメリットを受けられなくなる可能性がありますので、注意が必要です。

連邦遺産税の申告

アメリカの市民権やアメリカにおける住所(ドミサイル)を有していない外国人がアメリカに相続財産を残して死亡した場合、死亡の日から9か月以内に、IRS(内国歳入庁)に対して、US Federal Estate Tax Return(連邦遺産税申告書)を提出することが必要となります。

連邦税の申告については、 Form 706-NAというフォームに基づいて作成されることになります。なお、アメリカにおける申告期間については、Form4768という申請書を提出することで6か月間延長することができます。

日本人が日米租税条約の適用を受けて、アメリカ国内での連邦遺産税の控除を受けるためには、米国市民ではなく米国に常居所を有していない人の米国内の遺産に対応する相続税(及び世代間財産移転税)の申告書であるフォーム706-NA、すなわち上記遺産に関連し、米国連邦税法6114条、7701条(b)に規定された租税条約に基づく免税の特典を享受する旨の開示報告書を、IRSの規定の書式にしたがって提出することになります。

その際、故人の財産状況を示す目的で、日本の相続税申告書などを添付資料として提出する必要があります。
栗林総合法律事務所では、このような申告業務のサポートも行っています。

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