国際相続における公正証書遺言の活用
目次
遺言の種類
遺言の方式には、大きく分けて、普通方式と特別方式があります。
普通方式は、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります(民法967条)。
こちらの方式は、遺言が作成される際に一般的に利用されるものです。
特別方式は、疾病等の事情によって死期が迫っているなどの特殊な状況で認められます。この方式は、普通方式による作成では時間的に間に合わない場合に、例外的に利用されるものです。
普通方式の比較
自筆証書遺言は、遺言者が自ら全文・日付・氏名を手書きで作成するものです。
いつでも手軽に作成でき、費用が低く抑えられるというメリットがあります。
他方で、専門家の関与なしに作成できるため、方式や内容の不備による無効のリスクが大きいです。
秘密証書遺言は、遺言の存在は明確にしつつ、遺言の内容は秘密にしておきたい場合に用いられます。
遺言の存在については公証人と2人以上の証人に証明してもらう一方で、内容を見ることができるのは本人のみであるという特徴があります。
ただ、公証人も遺言の内容を確認できないため、自筆証書遺言と同様に方式や内容の不備による無効のリスクが高いといえます。
これに対し、公正証書遺言は、遺言者から聞き取った内容をもとに、法律の専門家である公証人が作成するため、上の2つの方式に比べて不備が生じにくく、無効となることは珍しいです。
公正証書遺言とは
公正証書遺言は、2名以上の証人の立ち会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口述し、それに基づいて公証人が筆記して作成し、この内容に間違いがないことを遺言者と証人に確認してもらう方式の遺言をいいます。
自筆証書遺言とは異なり、署名以外には自書の必要がありません。
また、遺言者が署名できない場合には、公証人による付記に加えて公証人による代書と遺言者の押印が認められています。
さらに、遺言者が押印もできない場合には、公証人が代わりに押印することもできます。
公正証書遺言の原本は、公証役場で20年間保管されるため、遺言書の紛失や偽造などのトラブルを防ぐことができます。
また、自筆証書遺言は、方式について厳格なルールが定められているため、形式面や内容面での不備による無効の危険性が高い方式となります。
他方で、公正証書遺言は、検察官や裁判官の出身者などの正確な知識と豊富な経験を有した法律の専門家が公証人として作成を行うため、高い信頼性が認められており、無効となるリスクが低く他の方式の遺言に比べて安全な方法といえます。
公正証書遺言の効力
民法の定める方式に従って作成された遺言には法的効力があり、これに基づいて執行することができます。
この効力について、公正証書遺言と、自筆証書遺言などの他の方式の遺言との間に差はありません。
もっとも、公正証書遺言は、家庭裁判所による検認が不要なため、直ちに相続開始手続を始めることができるという利点があります。
検認とは、自筆証書遺言を作成し、法務局の保管制度を利用していない場合に、遺言者の死亡した後、遺言の保管者や発見者が、家庭裁判所に遺言書を提出して、内容を確認する手続です。
公正証書遺言は、作成時に有効性が認められるため、検認なしに、すぐに相続手続を開始することが可能です。
公正証書遺言作成までの流れ(作成日当日までの流れ)
まず、公証役場に連絡を取り、公正証書遺言の作成の相談をします。
そして、相談内容をもとに、公証人が遺言の原案を作成し、これを遺言者が確認したうえで必要があれば加筆修正をし、遺言の原案を確定させます。
その後、遺言作成の日程を調整・確定し、作成日に、後述する流れで公正証書遺言を作成します。
以上のように、公証人もアドバイスをしてくれますが、公証人は法的に正しい文書を作成することを主眼としています。
公正証書遺言には費用がかかるため、法的に有効なだけでなく、遺言者の意思を十分に反映したものを作成したいところです。
弁護士は、遺言者の立場に立って、相続人や財産の状況を踏まえて、最大限サポートします。
公正証書遺言作成の方法(作成日当日の流れ)
2名以上の証人の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを筆記し遺言者および証人に読み聞かせます。
そして、その内容に問題がないことを、遺言者および証人が確認して、署名・押印します。
さらに、公証人が、上記の方法に沿って作成したものであることを付記し、署名・押印して完成します。
以上の方法に基づかない公正証書遺言は、方式に違反があるものとして基本的に無効となります。
証人の立会いは、手続の最初から最後まで継続している必要があります。
また、未成年者、推定相続人や受遺者などは証人となることができない点にも注意が必要です。
口授とは、口頭で伝えることを言います。遺言の案文を公証人が読み上げ、遺言者がそれに対し口頭で承認する方法でも問題ありません。
口がきけない遺言者の場合には、遺言の趣旨を自書または手話通訳人に申述させる方法によって公証人へ伝えることもできます。
英語で公正証書遺言を作成できるか
外国人の方も、日本の公証役場で公正証書遺言を作成することが可能です。
ただし、公正証書遺言は日本語で作成する必要があります。
日本語を話せない方は、通訳に立ち会ってもらい、遺言書を作成することができます。
この際、通訳として立ち会う人は、通訳としての資格を有している必要はありません。
日本語と外国語が話せる知人に依頼することも可能です。
また、通訳は日本人に限定されないため、外国の方でも問題ありません。
ですが、相続人や受遺者の親族などの公正証書遺言作成の際に同席できない人が通訳として立ち会うことは認められていないため、その点で注意が必要です。また、通訳が立ち会った場合、通訳の署名・押印が必要となります。
公正証書遺言作成にかかる費用
公正証書遺言を作成するためには、必要書類の交付手数料、作成手数料、遺言書正謄本の交付手数料がかかります。
また、場合によっては、証人手数料、専門家報酬も必要となります。
必要書類には、印鑑登録証明書や戸籍謄本、住民票があり、これらの交付を受けるために、それぞれ数百円程度の手数料がかかります。
作成手数料は、公証人に支払うものです。
これは、遺言による相続や遺贈を受ける財産の価額をもとにして計算されます。
この価額は、公証人が証書の作成に着手した時点を基準に算定されます。この価額が算定できない場合には、手数料は1万2100円かかります。
公正証書遺言作成のメリット(法定相続分とは異なる割合での分割が可能)
遺言により相続分の指定がなされていない場合、遺産取得の割合は法定相続分によります(民法900条)。
例えば、配偶者と2人の子が相続人となった場合、法定相続分に従うと、配偶者は2分の1、子はそれぞれ4分の1ずつを取得することになります。
しかし、遺言で相続分を指定することで、法定相続分とは異なる割合で遺産を相続させることができます(民法902条)。
例えば上記の例と同様に、配偶者と2人の子が相続人となっている場合、被相続人が遺言の内容として、「3人にそれぞれ3分の1ずつを与える」という相続分の指定を行えば、原則として、この遺言に従って遺産が相続されます。
公正証書遺言作成のメリット(外国人の相続人がいる場合)
相続手続の実行として、銀行口座の解約や不動産登記名義の変更を行う場合には、原則として分割協議書が必要となります。
分割協議書とは、相続人間の遺産分割協議に基づいて作成されるものです。
そして、遺産分割協議には相続人全員が参加して合意する必要があります。
そのため、相続人のうち1人でも遺産分割に参加しなかった相続人がいた場合、後から遺産分割協議が無効となるおそれがあります。
特に、相続人の一部が海外にいる場合、遺産分割協議をする前提として、その所在を調査する必要があります。
しかし、この調査には大きな手間がかかってしまいます。公正証書遺言を作成しておけば、これに基づいて直ちに相続手続を行うことができるため、上記のような煩雑な調査を経て分割協議書を作成する必要がなくなります。
公正証書遺言作成のメリット(銀行口座の解約)
判例によると、預金債権が複数の相続人によって共同相続された場合、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となります。そのため、銀行口座を解約するためには、分割協議書が必要です。
しかし、公正証書遺言があれば、分割協議書なしに銀行口座の解約が可能となり、遺産分割協議の手間を省くことができます。公正証書遺言には、高い証明力や執行力が認められており、遺産分配の方法が記載されており、その内容通りに遺産を分配できます。分割協議書を作成する必要はありません。
公正証書遺言作成のメリット(不動産登記名義の変更)
不動産登記を変更するためには、法務局に分割協議書を提出する必要があります。この点、公正証書遺言があれば、分割協議書なしに、不動産の登記名義を変更することができます。
外国の方式で作成した遺言は日本の公正証書遺言として有効か
日本の方式ではなく外国の方式で遺言を作成されていても、遺言の方式の準拠法に関する法律2条によると、次のいずれかの法律に適合して作成された場合、日本でも有効な方式の遺言とされます。
具体的には、遺言書を作成した場所の法、国籍を有する国の法、住所地法、常居所地法、不動産の所在地の法です。
したがって、海外の方式で作成した遺言であっても、その遺言が上記の法律のうちいずれかの法に適合していれば、日本においても方式としての有効性が認められます。
しかし、遺言の執行のしやすさを考えると、日本の方式で遺言を作成することをお進めします。
外国の方式で作成された遺言書が日本において有効な場合でも、相続手続がスムーズに進まない恐れがあるからです。
不動産の登記名義の変更を行う法務局や預金の解約を行う金融機関は、外国の方式の遺言の有効性を判断できないため、当該外国の現地弁護士や日本の弁護士の意見書を付す必要があり、また、遺言書の日本語訳の提出が求められます。
そして、実務上、外国の遺言書に公証がない場合には検認を経る必要があり、先に外国の裁判所で検認手続をしてしまうと、日本の家庭裁判所での検認ができなくなってしまいます。
このように、外国の方式で作成された遺言に基づいて日本で相続手続きを行う場合には、多大な手間がかかるため、日本の財産については、日本の方式で遺言を作成することをお勧めします。z.日本に住む日本人が海外に財産を有する場合
「遺言の方式の準拠法に関する法律」2条1号によると、本国法に基づいて作成された遺言書は有効であるため、海外に財産を有している場合であっても、日本国籍を有する人が作成すれば、日本の方式で作られた遺言書も有効です。
海外において、日本の公正証書遺言が有効となるかは、その国の法律によります。
ただし、「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」に批准している国であれば、日本の方式で作成した遺言書も、当該国において、有効なものとして扱われます。
日本の公正証書遺言が海外において有効であっても、海外での相続手続が円滑に進まないことが多くあります。
実務上、法制度が異なる他の国の遺言書の有効性を判断することは困難であり、遺言書に翻訳をつけたり、遺言書の有効性に関する意見書を提出したり、外国での相続に関する税金の処理をしたりする必要があるからです。
そのため、財産の所在する国の法律に基づいて遺言を作成する方がいいでしょう。
海外に住む日本人が日本に財産を有する場合
海外在住の日本人の方も、日本の方式に基づいて遺言書を作成することができ、この遺言は日本においても有効となります。
また、日本に財産があるため、日本の方式で遺言書を作成することで、相続手続を円滑に進められます。特に相続人に外国籍の方が含まれる場合、海外の書類を取り寄せる必要があるなど相続手続が煩雑になるため、スムーズに手続を行うためには遺言書を作成しておくといいでしょう。
自筆証書遺言は、方式が厳格であり形式面での不備が起きやすく、また、内容が複雑な場合にも不備が起きやすいため、無効となる危険性があります。一方で、公正証書遺言は、法律の専門家である公証人が作成に関与するため、法律面でも形式面でも不備が起きにくいというメリットがあります。公正証書遺言は、日本では公証役場で作成できます。海外に住んでいる方の場合、民法984条によると、日本の領事館で作成することもできます。
ただし、在外公館で作成された公正証書遺言は、国内で作成するものと形式が異なり、相続手続の際にスムーズに進められないおそれがあります。
そのため、一時帰国した際に、公証役場に行き公正証書遺言を作成しておいた方が安心です。
海外に住む日本人が海外に財産を有する場合
「遺言の方式の準拠法に関する法律」2条2号(本国法)に基づき、海外在住の日本人の方も、日本の方式に基づいて、日本において有効な遺言書を作成することができます。日本の方式で作成された遺言書が外国で有効となるかは、外国の法律を確認する必要があります。
ただし、日本は、「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」に批准しており、同様にこの条約に批准している国であれば、日本の方式で作成された遺言書も有効となります。
但し、海外に財産がある場合には、相続手続を円滑に行うために、その国の遺言を作成することをお勧めします。
日本の方式の遺言をもって、海外の財産について相続を実行する場合、プロベート手続などの海外の煩雑な手続を経る必要があり、また、翻訳が必要になるという点で、手間がかかってしまうことがあるからです。
海外の公証人(ノータリー・パブリック)が作成した遺言書は日本で有効か
海外の公証人が作成した遺言書は、日本においては、自筆証書遺言と同様のものとして扱われます。
公正証書遺言としては扱われないため、この遺言書のみで銀行口座を解約したり不動産の登記名義を変更したりすることはできません。
分割協議書を作成することなく相続手続を行うためには、別途公正証書遺言を作成する必要があります。
日本と海外に財産を有する場合
法律や条約に基づき、日本の遺言書が海外で有効となり、海外の遺言書が日本で有効となる場合があります。
しかし、遺言書が有効であるかという問題と、相続手続が円滑にできるかという問題は異なります。
ある国で相続手続を行う際、その国の金融機関などは、他の国の方式で作成された遺言の有効性を判断できないため、複雑な手続を要する場合があります。
そこで、スムーズに相続手続を行うためには、日本の財産には日本の遺言書、海外の財産についてはその国の遺言書を作成することが望ましいでしょう。
ただし、遺言書を日本と外国とに分けて複数作成する場合には注意が必要です。同一の財産について、複数の遺言で内容が異なる場合、先に作成した遺言書が無効となってしまいます。そのため、財産の所在する国ごとに作成すると安心です。
日本に住む外国人が日本に財産を有する場合
遺言の方式の準拠法に関する法律2条3号または4号によると、外国人の方が、遺言の成立時・死亡時に、日本に住所・常居所を有している場合、日本の方式で遺言を作成することができます。
また、日本の財産については、日本の方式の遺言であれば、執行しやすいため、日本の遺言を作成することをお勧めします。
外国人の方が遺言を作成せずに死亡した場合、通則法36条により、相続の準拠法は、日本法ではなく、その方の本国法となるため、外国法の調査が必要となり、相続手続に手間がかかります。
この点、公正証書遺言を作成していれば、これに基づいて日本で直ちに相続手続を実行することができるので、手続が簡便となります。
日本の方式で遺言を作成した場合、外国法の調査や相続人の証明などの煩雑な手続を経る必要がないため、スムーズに相続を実行することができます。そのため、日本の遺言書を作成することをお勧めします。
日本に住む外国人が外国に財産を有する場合
遺言の方式の準拠法に関する法律2条3号または4号によると、外国人の方が、遺言の成立時・死亡時に、日本に住所・常居所を有している場合、日本の方式での遺言の作成が可能です。
自筆証書遺言や公正証書遺言を作成することができます。
自筆証書遺言を作成する場合、外国人の方であれば、サインも認められています。しかし、自筆証書遺言の場合、検認手続が必要であり、相続人が海外にいる場合には来日しなければならないなど相続手続が複雑なため、検認の必要のない公正証書遺言をお勧めします。ただし、上述のように公正証書遺言は日本語で作成しなければならないため、通訳に依頼する必要があります。
通則法37条によると、遺言の内容の有効性は、本国法に従って判断されます。
日本で作成した遺言の外国における効力については、外国の法律を確認する必要がありますが、「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」に批准している国であれば、同条約に基づいて有効性が認められます。
外国に財産がある場合、外国で執行を行うことになりますが、外国の裁判所が日本の方式で作成された遺言の有効性を認めない恐れがあります。
また、有効性が認められたとしても、相続手続がスムーズに進まない恐れがあります。
法制度の異なる他の国で作成された遺言の有効性を、外国の金融機関などが判断することが困難であるからです。
そのため、財産が所在する国の法律に従った遺言書を作成することをお勧めします。
公正証書遺言の文例
令和〇年第〇号 遺言公正証書 本公証人は,遺言者〇〇の嘱託により,証人〇〇,同〇〇立会のもとに,遺言者の口述を筆記して,この証書を作成する。 第1条 遺言者は,遺言者の有する次の財産を含む全ての財産を,遺言者の長男●●(昭和〇年〇月〇日生)に相続させる。 (1)不動産 ア 土地 所在 〇〇区〇〇町〇丁目 地番 〇番〇 地目 宅地 地積 〇.〇㎡ イ 建物 所在 〇〇区〇〇町〇丁目〇番地〇 家屋番号 〇番〇 構造 木造瓦葺2階建 床面積 1階 〇.〇㎡ 2階 〇.〇㎡ (2)金融資産 〇〇銀行〇〇支店に預託等している預金等資産の全部 第2条 前記●●は,本遺言により財産を取得する負担として,遺言者の葬儀,納骨等の費用,未払公租公課及び債務の一切を負担,承継しなければならない。 第3条 祖先の祭祀の主宰者として,前期●●を指定する。 第4条 遺言者は,本遺言の遺言執行者として,前記●●を指定する。 2 遺言執行者は,遺言者の有する株式,預貯金等の金融資産について名義変更,解約及び払戻し等をする権限その他この遺言を執行するに必要な一切の権限を有する。 省略 以上 本旨外要件 東京都〇〇区〇〇町〇丁目〇番〇号 無職 遺言者 〇〇 〇〇 (昭和〇年〇月〇日生) 上記は,印鑑登録証明書の提出により人違いでないことを証明させた。 東京都〇〇区〇〇町〇丁目〇番〇号 弁護士 証人 〇〇 〇〇 (昭和〇年〇月〇日生) 東京都〇〇区〇〇町〇丁目〇番〇号 法律事務職員 証人 〇〇 〇〇 (昭和〇年〇月〇日生) 以上のとおり,遺言者及び証人に読み聞かせたところ,各自この筆記の正確なことを承認し,署名押印する。 遺言者 〇〇 〇〇 印 証人 〇〇 〇〇 印 証人 〇〇 〇〇 印 この証書は,令和〇〇年〇月〇日,本公証人役場において,民法第969条第1号ないし第4号所定の方式に従って作成し,同条第5号に基づき,本公証人次に署名押印する。 東京都〇〇区〇〇町〇丁目〇番〇号 〇〇法務局所属 公証人 〇〇 〇〇 印 |
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