アメリカの連邦遺産税と租税条約
目次
米国内の財産が米国遺産税の課税対象となること
補助的手続(ancillary proceeding)が要求されるかどうかに拘わらず、アメリカに所在する財産については、アメリカの連邦税と州税が課税される可能性があります。
被相続人が死亡した時に、被相続人や相続人が日本国籍であるかどうか、被相続人や相続人が日本に住所を有していたかどうかは関係ありません。
アメリカ国内に所在する財産については相続人や被相続人の国籍や住所に関係なく遺産税の対象となります。
米国内にある財産であるかどうかの判定
不動産(家、アパート、コンドミニアム)や動産(車、家具、芸術品)などの有体物がアメリカ国内に物理的に存在する場合は、米国内の財産とみなされます。
これに対し、アメリカの金融機関に預けている銀行預金、アメリカの会社が発行した株式、アメリカの投資組合への投資口などの有価証券については、連邦遺産税の目的上はアメリカにある財産とみなされ、課税対象となります。州の遺産税が課せられるかどうかは州ごとに異なります。
アメリカで組成された組合持分
アメリカで組成された組合持分が米国内にある財産であると言えるかどうかが問題となりますが、米国内の財産であるとしてどの州に所在する財産であるかについては、組合の設立場所(例えばコネチカット州)、組合財産の所在地(例えばニューヨーク州)、組合の事業が行われている場所(例えばニューヨーク州)、無限責任組合員及び組合代表者の所在地(例えばフロリダ州)などの諸要素から判断されます。
アメリカで組成された組合持分については連邦遺産税の目的上はアメリカに所在する財産であるとみなされる可能性が高いと思われます。
連邦遺産税の基礎控除額
外国人に対する連邦遺産税の基礎控除額は6万ドル(税額でいうと1万3000ドルまで)となりますので、ニューヨーク州にある財産の時価(及び生存中に贈与を受けた財産の額)が6万ドルを超える場合には、6万ドルを超える部分についておよそ40%の連邦遺産税が課せられることになっています。
従って、アメリカにおける相続税の額は極めて高額になる可能性があります。
また、州の遺産税も課税されますので、合計の税額は極めて高く(財産の時価の50%近くに)なります。
一方、アメリカ人の場合は連邦遺産税は遺産額が1361万ドルになるまで控除されます(2024年の場合)。
アメリカ合衆国との間で相続税条約が締結されている国の場合
上記のように外国人がアメリカ国内に財産を残して死亡した場合、極めて高額の連邦遺産税や州の遺産税が課税される可能性があります。
これに対して、アメリカ合衆国との間で相続税条約(estate tax treaty)が締結されている国の国民については、アメリカ市民と同じ扱いを受けることができ、高額の基礎控除を得ることができます。
従って、相続税条約の適用になる国の国民については、かなりの場合で連邦遺産税の支払いは生じないことになります。
但し、州の税金については特別の控除はありません。
相続税条約の締結国
現在アメリカ合衆国は、17か国との間において相続税条約(estate tax treaties)を締結しています。
日本も締結国の一つですので、日本人についてはアメリカ市民が死亡した場合と同様に取り扱われることになります。
日米譲渡税条約(Japan-United States: Transfer Tax Agreement (1954))では、締結国の国民の相続税に関して内外平等を図る規定を設けています。
相続税条約の適用がある場合
相続税条約を締結しているかどうかは、外国人が遺産税を支払う必要があるかどうかについて重大な影響を与えます。
アメリカ合衆国との条約に加盟していない国の人については、アメリカの相続財産から6万ドルが控除されるだけなのに対し、アメリカ市民や租税条約締結国の国民は遺産額が1361万ドルになるまで控除されることになるからです(2024年の場合)
連邦遺産税の申告の必要性
アメリカの市民権やアメリカにおける住所(ドミサイル)を有していない外国人がアメリカに相続財産を残して死亡した場合、死亡の日から9か月以内に、IRS(内国歳入庁)に対して、US Federal Estate Tax Return(連邦遺産税申告書)を提出することが必要となります。
連邦税の申告については、Form 706-NAというフォームに基づいて作成されることになります。
なお、アメリカにおける申告期間については、Form4768という申請書を提出することで6か月間延長することができます。
日米相続税条約による特典を得るためには、被相続人が死亡してから9か月以内に連邦遺産税の申告を行い、被相続人の全世界の財産についても申告するとともに、日米相続税条約4条による控除の主張をしておく必要があります。
遺言執行者などがこの手続きを怠ると巨額の税額控除を受けられなくなってしまい善管注意義務違反が問われる可能性があります。
栗林総合法律事務所では、アメリカにおける連邦遺産税の申告手続きのサポートを行っております。
当事務所には、遺産税の申告義務を負う相続人からの依頼を受ける場合の他、遺言執行者である日本の弁護士から依頼を受けて申告業務のサポートを行う場合も多くあります。
日米相続税条約第4条による米国遺産税額の控除
日米相続税条約では、相続税額から控除される金額の計算方法について、同条は、次のように定めています。
(i)米国人であれば、米国による相続税の課税に対して税金控除を受けられる金額(4条(a))のうち、(ii)日本及び米国によって課税対象とされる米国内にある財産の価格(4条(A))の(iii) 被相続人が米国の国籍を有していたとするか又は米国内に住所を有していたとすれば米国の租税を課することになる財産の全部の価格(4条(B))に対する割合に相当する金額が相続税額から控除される金額となります。
つまり、実際には、米国内の資産に対してのみ課税されるため、米国人が受けることが認められている控除について、全世界資産に対する米国内資産の割合で日本人に適用されるということになります。
相続税額から控除される金額は、(i)×((ii)÷(iii))によって求められます。すなわち、被相続人の全世界資産に対する米国内資産の割合を算出することが必要となります。
州の遺産税の申告の必要性
連邦遺産税と同様に州の遺産税についても申告が必要となります。
但し、州の遺産税については州ごとに基礎控除額が定められていますので、その金額を超える相続財産がその州にある場合に限り課税されることになります。
従って、各州に存在する財産の評価額を確定させるとともに、各州の基礎控除額について確認することが必要となります。
また、州の遺産税に関しては、預貯金、株式、出資持分(投資有価証券)などが州に所在するとみなされず、州の遺産税の対象とならないこともあります。
二重課税の回避(相続税法20条の2)
日本に住所を有する日本人は、無制限納税義務者とされますので、日本に所在する財産の他、外国に所在する財産についても相続税の申告が必要になります。
一方、アメリカにおいては、被相続人がアメリカ市民でもなく、アメリカ居住者でもない場合には、アメリカに所在する財産についてのみアメリカの遺産税の対象となるとされています。
従って、日本に居住する日本人がアメリカに財産を残して亡くなった場合で、日本に相続人がいる場合には、アメリカ国内にある財産について日本とアメリカで二重課税が生じることになります。同様のことは他の国においても生じます。
二重課税の回避については、日本の相続税法20条の2に規定があります。
日本の相続税法20条の2は次のように規定しています。
「相続又は遺贈によりこの法律の施行地外にある財産を取得した場合において、当該財産についてその地の法令により相続税に相当する税が課せられたときは、当該財産を取得した者については、第15条から前条までの規定により算出した金額からその課せられた税額に相当する金額を控除した金額をもって、その納付すべき相続税額とする」。従って、アメリカで納付した遺産税については、日本で納付する相続税額から控除されることになります。
但し、相続税法20条の2は、アメリカで納付した遺産税の控除について規定しているだけで、二重課税を回避できるのであるからアメリカで申告を行わないでもいいとか、アメリカで遺産税を払わなくてもいいということではありません。
いったんアメリカで遺産税を支払い、その分を日本の税金から控除できるというだけです。