相続預金の払い戻し制度

  • 公開日:2024年05月13日

目次

相続預金に関する従前の判例

最高裁判所は、金銭債権などの可分債権については、遺産相続開始とともに相続分に応じて当然に分割され、遺産分割の対象とならないとされていました(最判昭和29年4月8日)。

銀行預金についても可分債権として当然に分割され遺産分割の対象とならないとされていました(最高裁平成16年4月20日)。
その結果、各相続人は遺産分割前であっても各自の相続分についての払い出しを行うことが可能でした。

最高裁平成28年12月19日決定

最高裁平成28年12月19日の決定において従前の判例の変更がなされ、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」と判断されました。

銀行預金の払い出し

上記の結果、被相続人が死亡した後、被相続人の銀行預金は、遺産分割協議が整うまで、相続人の共有財産となりますので、相続人の一人が他の相続人の同意を得ずに銀行預金を払い出すことはできないことになりました。

銀行としても預金名義人が亡くなったことが分かった場合、銀行口座を凍結し、遺産分割協議書など所定の書類の提出があるまでは払い出しには応じないことになっています。

但し、銀行としては、相続人からの申し出がないと預金名義人の死亡を知ることはできませんので、相続人からの払い戻し請求に応じてしまうこともあり得ます。

また、銀行が預金者の死亡を認識し、預金の凍結を行う前にキャッシュカードを用いて払い出しを行う場合は、そのまま払い出しが行われてしまうことになります。

この場合、他の相続人からすれば、相続財産への侵害が生じたことになりますので、払い戻しを行った相続人に対して不法行為による損害賠償請求などを行うことになります。

遺産分割前の相続預金の払い戻し制度

相続人が死亡することで、相続人名義の銀行預金口座が凍結されてしまう場合、相続人が当面の生活費に困ったり、被相続人の葬儀費用の支払いができなくなったりする可能性があります。

そこで、民法が改正され、一定の範囲までの払い戻しが可能となりました(民法909条の2)。この法律は2019年7月1日から施行されています。

民法909条の2により、「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に払い戻しを行う相続人の法定相続分を乗じた額」については、単独での払い戻しができることになりました。
但し、法務省令の定めにより上限額は、150万円とされています。この制限については、複数の銀行に預金がある場合は、それぞれの銀行の預金についてこの計算式が適用されることになります。

例えば、被相続人の銀行預金残高が600万円のA銀行で払い戻しを行う場合、相続人の法定相続分が1/2とすると、払い戻しの上限額は次のように計算されます。

600万円×1/3×1/2=100万円

同様に、被相続人の銀行預金残高が1200万円のB銀行で払い戻しを行う場合、相続人の法定相続分が1/2とすると、払い戻しの上限額は次のようになります。

1200万円×1/3×1/2=200万円(但し、法務省令に定めにより上限の150万円)

家庭裁判所の判断による払い戻し制度

上記は改正民法の条文により家庭裁判所の決定を経ないで金融機関に対して預金の払い戻しを求めることができる制度ですが、これとともに、家庭裁判所の審判を得て銀行預金の払い戻しを行うことができる制度も導入されています(家事事件手続法200条3項)。

これは、遺産分割の調停や審判を本案とする保全処分として行うものです。
遺産分割の調停や審判が申し立てられている場合に、各相続人から家庭裁判所への申し立てを行い、裁判所による審判によって、相続預金の全部または一部の払い戻しができることになります。

但し、家庭裁判所は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁、その他の事情を考慮して判断することができ、また、他の共同相続人の利益を害することができないとされています。

この制度(保全処分)では、民法における場合と異なり上限額の定めがなく、裁判所の裁量の範囲でいくらでも支出が可能となります。
一方この仮払い制度を用いる場合は、遺産分割調停や審判の申し立てを行っている必要があります。