エジプトにおける遺産相続
目次
はじめに
ご家族がエジプトに銀行預金や不動産等の財産を残されたまま亡くなられた場合、残されたご家族としては、エジプトにおける財産についてどのように相続手続を進めていけばよいのかお困りになられると思います。
そこで、本稿では、エジプトにおける相続手続の進め方や、エジプト法に基づく相続分と相続人の範囲、エジプトの財産を相続した場合の相続税などについて解説いたします。
エジプトに銀行預金や生命保険等がある場合の手続
エジプトでの相続手続においては、通常、相続人がエジプトの家庭裁判所に対して必要書類を提出した後、裁判所が相続人と相続財産を確定し、裁判所において所定の手続(証人が裁判所に出席し、裁判所に提出した書類に記載された相続人以外に相続人がいないことを裁判所に証言する手続等)が行われた後、裁判官が、正当な相続人とそれぞれの相続分を決定する承継命令を発行する形で進められます。
ただし、相続財産や相続人の状況によっては、上記のような正式な手続を経ることなく、エジプトでの相続手続(銀行預金や生命保険等の解約送金手続)を行うことができる場合があります。
具体的な手続としては、現地の弁護士に対する手続委任状や、日本で発行された法定相続情報一覧図の原本等を用意し、それらの書類について、日本の公証役場、外務省、エジプト領事館での認証を得たうえで、現地の弁護士に送付する必要があります。
現地の弁護士は、それらの書類についてエジプトの外務省における認証手続を行ったうえで、銀行や保険会社において解約・送金手続を行うことができます。
法定相続情報一覧図とは、被相続人等の戸籍に基づいて、被相続人の法定相続人が誰になるのかということを、法務局の登記官が証明した書面になります。
法定相続情報一覧図については、被相続人の戸籍謄本等を収集したうえで、所定の登記所に対し、発行を申請することで取得することができます。
エジプトに不動産がある場合の手続
被相続人(お亡くなりになられたご家族)が、エジプトにおいて、マンション等の不動産を所有していた場合、当該不動産を売却し、売却代金を日本に居住する相続人に対して送金する形で相続手続を行うことが考えられます。
相続不動産の売却手続においても、現地の弁護士に対する手続委任状や、日本で発行された法定相続情報一覧図の原本等を用意し、それらの書類についてエジプト領事館での認証を得たうえで、現地の弁護士に送付する必要があります。
また、相続不動産の売却手続を行うためには、アラビア語での売買契約書も作成する必要があります。
売買契約書については、現地の弁護士が、アラビア語と英語を併記した売買契約書を作成し、売主(相続人)、当事務所、現地の弁護士、買主との間で内容を確定させていくことになります。
不動産の代金支払手続と登記手続については、買主及び売主(又は売主から委任を受けた現地の弁護士)が売買契約書に署名した後、買主が売主から指定された口座に売買代金を振込み、買主からの入金が確認できた場合には、現地の弁護士が直ちに買主に対して登記手続に関する委任状を発行し、買主は同委任状に基づいて不動産の登記手続を行うことになります。
したがって、例えば、1月1日に両当事者が売買契約書に署名し、1月3日に買主からの入金が確認できた場合、現地の弁護士は1月4日には買主に対して登記手続に関する委任状を発行することになります。
エジプトに所在する不動産を売却する場合、売主に対し、売却代金の2.5%が不動産販売税として課されます。
不動産販売税については、不動産の所有権移転登記が遅れることを避けるため、通常、不動産販売税分(2.5%)を売買代金から差し引き、買主が売主に代わって納付手続を行います。
したがって、その場合には、不動産の売買契約書において、買主は、不動産販売税分(2.5%)を売買代金から差し引き、売主に代わって納付手続を行う義務があることを明記する必要があります。
エジプトでの相続において必要となる書類
エジプトでの相続手続においては、通常、下記の書類を用意する必要がありますが、場合によっては更に書類が必要となる可能性があります。
- 死亡証明書(Death Certificate)
- 法定相続情報一覧図
- 遺言書(Original Will of the Deceased)
- 被相続人の資産に関する書類(Bank Account Statement, Shares Statement, etc.)
- 被相続人の債務についての書類
- 宣誓供述書(相続人の範囲等に関する弁護士の法律意見書)(Affidavit)
エジプトは「外国公文書の認証を不要とする条約(ハーグ条約)」に加盟していないことから、エジプトでの相続手続において使用する書類については、日本の公証役場で認証を受け、外務省において公印確認を取得し、駐日エジプト領事館で認証を受ける必要があります。
また、日本語で記載されている文書については、駐日エジプト領事館で認証を受けた後、現地の大使館又は大学等において、アラビア語への正式な翻訳を行ったうえで、エジプトの外務省による認証を取得する必要があります。
相続分と相続人の範囲
遺言書がある場合
遺言書がある場合は、原則として、その内容に従って、相続分と相続人の範囲が定められることになります。
また、仮に遺言書がエジプトで作成され、日本の裁判所において遺言書の有効性が争われた場合であっても、次に掲げる法のいずれかに適合するときは、方式に関して有効な遺言であるとみされます(遺言の方式の準拠法に関する法律2条、遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約1条)。
- 行為地法(法律行為が行われる場所の法律)
- 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有した国の法
- 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有した地の法
- 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有した地の法
- 不動産に関する遺言について、その不動産の所在地法
常居所地とは、被相続人の平常の居所を意味します。日本国籍を有する者については、国内に住所を有する場合、又は国外に転出後1年以内であれば、日本に常居所地があると認められます。
日本国籍を有しない者については、在留資格に基づき継続して5年以上在留している場合や、永住者又は定住者としての在留資格に基づき継続して1年以上在留している場合には、日本に常居所地があると認められます。
一方で、日本の裁判所において、遺言書が上記①~⑤のいずれの法にも適合せず、全部または一部について無効と判断されてしまった場合には、どの国の法律を準拠法(適用される法律)として、相続分と相続人の範囲を決定すべきかが問題となります。
遺言書がない場合
エジプトでの相続手続における準拠法(適用される法律)
有効な遺言書が存在しない場合、どの国の法律が準拠法になるかを考える必要があります。国際的な相続の準拠法については、法の適用に関する通則法の第36条において、被相続人の本国法(国籍を有する国の法律)を準拠法とすることが定められています。
したがって、相続人の範囲や相続分については、被相続人の国籍がエジプトであり、かつ、エジプトが本国法主義である場合には、エジプト法に基づいて定められ、被相続人の国籍が日本であった場合には、日本法に基づいて定められることになります。
ただし、準拠法が日本法となる場合であっても、相続手続の進め方については、日本法ではなく、エジプト法に基づいた相続手続を行う必要があります。
エジプト法に基づく相続分と相続人の範囲
被相続人の国籍がエジプトであり、かつ、エジプトが本国法主義である場合には、エジプト法に基づいて相続人の範囲と相続分が定められることになります。
エジプトにおいて相続分や相続人の範囲を定める法は、原則として、被相続人や、被相続人の親族が信仰してきた宗教の法が適用されることになります。
イスラム教には、スンニ派とシーア派が存在しており、スンニ派にはさらに4大学派(ハナフィー学派、シャーフィー学派、マーリク学派、ハンバル学派)が存在しています。エジプトにおいて多いとされているスンニ派のハナフィー学派では、相続分と相続人の範囲について次のように定められています。
第1順位の相続人(主たる相続人)としては、①割当相続人、②アサバ、③非アバサが定められています。
①割当相続人とは、コーラン(イスラム教の聖典)において一定の相続分が規定されている相続人のことをいいます。具体的には、以下のとおり規定されています。
相続人 | 相続分 |
---|---|
夫(常に相続権を有する) | 1/4 |
妻(常に相続権を有する) | 1/8 |
娘(常に相続権を有する) | 1/2(2人以上のときは2/3) |
父・母(常に相続権を有する) | 1/6 |
息子の娘 | 1/2(2人以上のときは2/3) |
祖父・祖母 | 1/6 |
全血姉妹 | 1/2(2人以上のときは2/3) |
父方の半血姉妹 | 1/2(2人以上のときは2/3) |
母方の半血姉妹・半血兄弟 | 1/6(2人以上のときは1/3) |
割当相続人(上記の相続人)に含まれていない「息子」・「息子の息子」については、②アサバに分類されています。また、同じく割当相続人含まれていない「娘の娘」・「娘の息子」については、③非アバサに分類されています。
②アサバとは、コーランに相続分が規定されていない父方からなる相続人のことをいいます。アサバは、割当相続人が遺産を受け取った後の残余財産に対して権利を有するとされています。③非アバサとは、上記の①・②に属さない親族からなる相続人のことをいいます。
第2順位の相続人(次順位の相続人)は、第1順位の相続人(主たる相続人)がいない場合に、相続権を有することになります。次順位の相続人としては、④契約による相続人(奴隷を解放した者は奴隷だった者の遺産の相続権を取得します)、⑤承認された血族男子(被相続人によって承認されて親族とされた男子)、⑥国(国庫)が定められています。
日本法に基づく相続分と相続人の範囲
被相続人の国籍が日本であった場合、日本法に基づいて相続人の範囲と相続分が定められることになります。日本法においては、相続分と相続人の範囲について次のように定められています。
- 被相続人の配偶者は、常に相続人となります(890条)。
- 被相続人の子は、相続人となります(887条1項)。
- 次に掲げる者は、第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には、次に掲げる順序の順位に従って相続人となります(889条1項)。
- 被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者が先になる。
- 被相続人の兄弟姉妹
- 同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによります(900条柱書)。
- 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とされます。
- 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、3分の2とし、直系尊属の相続分は、3分の1とされます。
- 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、4分の3とし、兄弟姉妹の相続分は、4分の1とされます。
- 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとされます。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とされます。
- 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができます(902条1項本文)。
- 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができます(907条1項)。
エジプトの相続税
エジプトには相続税及び贈与税がありませんので、エジプトにおいて相続税及び贈与税の申告を行う必要はありません。
ただし、後述(「エジプトの財産を相続した場合の日本における相続税」)のとおり、日本においては一定の場合に相続税の申告を行う必要があります。
エジプトの財産を相続した場合の日本における相続税
被相続人と相続人のどちらかが日本に居住している場合
被相続人と相続人のどちらかが日本に居住している場合、つまり、亡くなった親がエジプトに居住していて子供は日本に居住している場合や、亡くなった親が日本に居住していて子供はエジプトに居住している場合などには、エジプトに所在する財産についても日本において相続税が発生します。
なお、日本国内の財産だけに課税される人のことを制限納税義務者、海外にある財産も含めて課税される人のことを無制限納税義務者といいます。
被相続人と相続人のどちらも日本に居住していない場合
被相続人と相続人のどちらも日本に居住していない場合、つまり、亡くなった親とその子供がともにエジプトに居住している場合などには、①被相続人が日本を離れて10年以上経過していて、かつ、②相続人の国籍が日本国籍ではないか、もしくは相続人も日本を離れて10年以上経過していれば、日本における相続税を免れることができます。
日本において相続税が課されるか否かの判定フローチャート
Q1:被相続人は日本に居住していますか
↓ No Yes → 課税
Q2:相続人は日本に居住していますか
↓ No Yes → 課税
Q3:被相続人が日本を離れて10年以上経過していますか
↓ Yes No → 課税
Q4:相続人の国籍は日本ですか
↓ Yes No → 非課税
Q5:相続人が日本を離れて10年以上経過していますか
↓ Yes No → 課税
非課税
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