国際相続における準拠法

  • 公開日:2024年05月13日

【執筆者情報】

栗林 勉

代表・パートナー弁護士、米国ニューヨーク州弁護士

栗林総合法律事務所の代表。米国ニューヨーク州の弁護士資格を有する国際弁護士。海外に資産のある方の相続手続きの他、国際的紛争の解決や国際取引に関する契約書の作成、中小企業の海外進出支援など、国際法務に関する業務を幅広く扱う。X(旧Twitter)

目次

国際相続における問題点

国際相続とは、相続人または被相続人が外国籍の場合や、相続財産が外国に存在する場合のように国境を越えて生じる相続をいいます。

被相続人が日本人である場合であっても、例えば、その者が日本に在住している場合もあれば、相続財産のある外国に在住している場合、遺産のある国とは別の外国に在住している場合もあり得ます。

さらに、相続財産が外国及び日本にある場合と、外国のみにある場合も考えられます。

このような国際相続においては、①適用法の問題(相続人が誰かという問題や、相続財産の範囲についての問題)、②財産を実際に取得するための手続きに関する問題(例えば、預金であれば、金融機関から実際に払い戻しを受けるための手続)、③相続税の問題(どの国に対していつまでにいくらの相続に関わる税金を支払う必要がかるのかということ)が関わってくるため、国際相続の手続きは複雑なものになります。

法適用の問題(準拠法)

相続における準拠法がどの国の法律になるかということが問題となります。

日本における国際相続については、法の適用に関する通則法(通則法)第36条において、「相続は、被相続人の本国法による。」と規定しています。

よって、国際相続においては、被相続人が国籍を有する国の法律が適用されることになります。

例えば、被相続人が日本国籍を有する者であれば、たとえその者が海外に在住している場合や相続人が外国籍を有している場合であっても、その者を被相続人とする相続については日本法が適用され、相続人の範囲や相続財産の範囲についての問題は日本法によって定まることになります。

反対に、被相続人が外国籍を有している場合には、被相続人の本国法によることになりますので、日本法は適用されないことになります。

包括承継主義と管理清算主義

相続財産について、外国の現地法が適用になる場合には、プロベイトと呼ばれる手続きの対象となる可能性もあります。

日本は包括承継主義を採用しており、被相続人の資産・負債が包括的に相続人に相続されるため、遺産管理人の関与が必要ではないことから、相続人は、直接金融機関などと相続財産である預金の払い戻しのための交渉をすることができます。

ドイツ、フランス、イタリア、スイスなどの大陸法系諸国でも包括承継主義を採用しています。

これに対して、アメリカやイギリスなどの英米法系の国では、遺産承継について管理清算主義をとっているため、遺言の有無に関わらず、相続財産は、日本などのように直接相続人に承継される(このような制度は包括承継主義と言われます。)のではなく、裁判所の監督下で行われる清算手続(この手続きがプロベイトと呼ばれます。)を経て、残った積極財産のみが相続人に分配されることになります。

そのため、日本での遺産分割協議や、遺産分割調停・審判、遺言書の効力がそのままプロベイトで裁判所により承認されるとは必ずしも限りません。

相続統一主義と相続分割主義

日本や韓国、ドイツ、イタリア、スペイン、ポーランド、ハンガリー、ギリシャ、スウェーデンなどにおいては、相続財産が動産であるか不動産であるかに関わらず、上述のとおり、被相続人の本国法や住所地法が相続における準拠法とされます。

相続に関する法律関係を被相続人の属人法(本国法や住所地法)によって一体的に処理するものを相続統一主義と言います。

これに対して、アメリカなどの英米法圏においては、不動産相続と動産相続とを区別する相続分割主義が採用されています。

フランス、ベルギー、ルクセンブルク、中国なども相続分割主義をとっています。

相続分割主義の法制のもとにおいては、例えば、不動産については不動産の所在地の法律を適用し、動産や流動資産については、被相続人の住所地法を相続の準拠法とするなどとされており、財産の種類によって適用法が異なることになります。

よって、仮に被相続人が日本国籍を有しており、相続の手続きにおいて日本法が適用される場合であるとしても、被相続人の不動産が相続分割主義を採用する外国に所在していれば、不動産の相続についてはその不動産所在地の外国法が適用されます。

相続財産が動産や流動資産であっても、被相続人が海外に居住していた場合には、動産や流動資産の相続について、被相続人の住所地法である外国法が適用される可能性があります。

相続財産の管理と準拠法

日本のように相続に関する準拠法が包括承継主義をとる場合であっても、相続財産が海外にある場合には、その国の裁判所に対して財産の相続に関する申し立てを行う必要があります。

この場合、相続財産の管理に関する準拠法は、動産であるか不動産であるかを問わず、遺産の所在する地の法律が適用になります。

従って、アメリカやイギリスなど管理清算主義をとる国に相続財産がある場合、プロベイト手続きが必要かどうかや、プロベイト手続きの中でどのようにして財産の清算を行うのかについては、財産所在地の法律によって決定されることになります。

一方、アメリカやイギリスにある相続財産を相続人に分配する過程における準拠法については、手続きが係属している裁判所の国際私法の適用によって決定されることになります。

アメリカのように相続分割主義をとる国においては、不動産については、不動産が所在する地の法律を準拠法とし、動産や流動資産などのその他の財産については被相続人の本国法やドミサイルのある国の法律が適用になることになります。

日本人がアメリカに不動産と動産を有している場合、不動産と動産の管理については、財産が所在する州の法律が適用になりますが、相続人への分配に際し、相続人が誰であるかという問題や各相続人の相続分の問題については、相続分割主義の適用により、不動産については財産が所在する州の法律が適用になり、動産については被相続人の本国法(日本の法律)が適用になることになります。

また、財産が所在する地の国の国際私法でドミサイルのある地の法律が動産や流動資産についての準拠法となる場合は、被相続人が日本国籍を有する場合であっても、死亡時にその国に居住しドミサイルがその国にあると認められる場合は、ドミサイルがある国の法律が準拠法となります。

反致(通則法41条)

X国の国籍を有する人が亡くなり、その遺産相続がなされる場合、日本法によれば被相続人の本国法が準拠法となりますので、その相続についてはX国の法律が適用されることになります。

この場合、X国の国際私法で不動産の相続については不動産の所在地の法律によると定められている場合、日本にある不動産については、X国の国際私法の適用により日本法が適用になることになります。

このように、一旦外国の法律が適用になった後、その外国の法律によりまた日本の法律が適用になる場合のことを反致と言います。準拠法の決定においては反致が成立するかどうかも検討する必要があります。

反到が成立するかどうかはX国(被相続人の本国)における国際私法によって決定されることになります。

被相続人の本国における国際私法の調査が必要となります。
被相続人の国際私法については日本における通則法のように一つの法律っとなっていることもあれば、実体法や慣習の判例などの集積として国際私法が存在することもあります。問題となっている単位法律関係(例えば相続)については適用される準拠法規定のルールを明らかにする必要があります。

国際私法の適用

結局遺産分割の手続がどこの国の裁判所に申し立てられるかにより、その手続き国の国際私法が適用になり、準拠法が決定されることになります。例えば、日本の裁判所に遺産分割の申立がなされた場合には、日本の国際私法に従って準拠法が決定されることになります。

上記の通り、日本の国際私法では、被相続人の本国法が遺産相続についての準拠法とされますので、被相続人が日本人であれば日本法が適用されることになります。

従って、相続人が誰かという問題や相続財産の範囲についての大部分の問題は日本法により決定されることになります。

但し、海外に所在する財産の相続においては、海外の裁判所に相続手続きの申し立てをせざるを得ないことがあり、また、管理清算主義をとる国においては、裁判所の許可なしに相続財産を勝手に処分することはできないことになります。

その場合、その外国に所在する財産に対してどの国の法律が適用になるかは、その外国の国際私法によって決定されることになります。

遺言の方式の準拠法

日本における相続では、国際相続の場合においてどの国の法律で遺言の有効性を判断するかということについて、遺言の方式の準拠法に関する法律が定めています。

そして、法第2条は、遺言者が国籍を有していた国の法のみならず、行為地法、住所地法、不動産の所在地法などの方式に従った遺言であっても有効であるとしています。

ただし、外国法に従った遺言が有効であるとしても、その遺言のみによって、法務局での被相続人の不動産登記の変更や銀行預金口座の解約が認めてもらえるとは限りません。

この場合には、日本の弁護士によって作成された遺言の有効性に関する現地法に基づく意見書の提出が求められることが多くあります。
また、外国法による遺言書が現地の公証を得たものではない場合には、家庭裁判所での検認手続きを得ることを求められることもあります。

そのため、日本での遺言の執行を想定しているのであれば、日本の方式で遺言書を作成しておくことで遺言書の執行が容易になるということはあります。

遺言の方式の準拠法に関する法律

遺言の方式の準拠法に関する法律第2条では、「遺言は、その方式が次に掲げる法のいずれかに適合するときは、方式に関し有効とする。」として、次の場合を挙げています。

  1. 行為地法
  2. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有した国の法
  3. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有した地の法
  4. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有した地の法
  5. 不動産に関する遺言について、その不動産の所在地法

遺言書の海外での執行

上述のとおり、日本法のもとで有効に成立した遺言であっても、外国の裁判所がその遺言の有効性を認めない可能性もあります。

そのため、特に、相続の準拠法が外国法となることが想定されるような場合には、財産の所在地ごとにその国の方式に従った遺言書を作成しておくことも検討すべきです。