遺留分と遺留分侵害額請求
目次
ご家族が亡くなられた後、遺産全額を第三者に遺贈する旨の遺言が残されている場合や、1人の相続人が多額の遺産を承継した結果、かなり少ない額の遺産しか受け取とることができていない場合等、遺産相続をめぐる問題があります。
このような場合、遺留分侵害額請求(民法第1046条)により、一定額の金銭を取り戻すことができます。
本コラムでは、遺留分制度についてご説明いたします。
遺留分について
遺留分とは何か
被相続人(亡くなった人)は、原則遺言により自己の財産を自由に処分できます。
しかし、遺族の生活保障の観点等から、相続人には相続財産のうち最低限の遺産の取り分が保障されています。
この割合のことを「遺留分」といい、被相続人が遺留分の制限なく自由に処分できる割合のことを「自由分」といいます。
遺留分を有する者
遺留分を有する相続人を、遺留分権利者といいます。遺留分権利者は、兄弟姉妹以外の相続人です(1042条1項柱書)。
すなわち、被相続人の①配偶者②子(直系卑属)③直系尊属(子供と子供の代襲相続人がいない場合)に認められています。
ただし、①~③に当たる場合でも、上位の法定相続人がいる場合や相続権を剥奪されている場合には遺留分権利者にはあたりません 。
もっとも、相続欠格や廃除の場合には代襲相続が開始するため、直系卑属が遺留分権利者となります(1042条1項柱書、887条2項、3項)。
また、相続開始時に胎児である者も、生きて生まれれば子として遺留分権利者となります(886)。
遺留分の放棄・効果
遺留分権利者は、相続開始の前後に遺留分を放棄することができます。
しかし、相続開始前に遺留分を放棄する場合には、家庭裁判所の許可を得ることが必要です(1049条1項)。
これは、例えば被相続人である親が地位を利用して、一部の子に遺留分を放棄させるようなことを防ぐために必要とされています。
これに対して、相続開始後はこのようなおそれがないため、家庭裁判所の許可は不要です。
遺留分放棄の意思表示は、遺留分侵害額請求の相手方に対して行います。
遺留分を放棄すると、遺留分を放棄した相続人は遺留分侵害額請求権を失い、遺留分侵害額の請求をすることができなくなります。
しかし、遺留分の放棄は相続の放棄ではないため、相続開始後は変わらず相続人なります。
ここで注意すべきことは、相続の放棄と異なり、遺留分の放棄は他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼさないことです(1049条2項)。
相続人が複数いる場合、共同相続人の一人が遺留分を放棄しても、他の共同相続人の遺留分が増加するわけではなく、被相続人が自由に処分できる自由分が増加するにとどまります。
例えば、相続人としてAとBがいる場合、Aが遺留分を放棄してもBの遺留分は多くなりません。
遺留分額の算定
遺留分額とは、基礎財産の価格に個別的遺留分を乗じて算出した額のことをいいます(1042条)。
この遺留分額が、遺留分権利者に保障されている最低限度の取り分額となります。遺留分額の算定は、次のように行います。
遺留分額 (1042条1項、2項)
=遺留分を算定するための財産の価額×遺留分(総体的遺留分率×遺留分権利者の法定相続分)
以下で、それぞれご説明いたします。
遺留分を算定するための財産の価格
上記の遺留分算定の基礎となる財産は、①被相続人が相続開始時に有した財産の価格に②生前に贈与した財産の価格を加算し、③債務全額を控除して算定します(1043条1項)。この基礎財産の評価時期は、相続開始時点です。
なお、遺贈または贈与の目的財産が滅失したり、価格の増減があったとしても、相続開始時に現状のままであるものとして評価されます (904条の準用)。
遺留分を算定するための財産
=①被相続人が相続開始時に有した財産の価格(遺贈・死因贈与された財産含む)
+②生前に贈与した財産の価格
-③債務全額
上記②生前に贈与された財産とは、下記(a)~(d)の財産が含まれます。
(a)相続人以外の者に対する相続開始前の1年間になされた贈与財産(1044条1項前段)
ただし、贈与契約の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした場合には、1年以上前の贈与も算入されます(同項後段)。
(b)相続人に対する相続開始前の10年間になされた贈与財産(1044条3項)
受贈者が相続人である場合、相続開始前10年間になされた贈与であり、かつ婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限られます。
(c)当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与財産
これは、上記(a)、(b)の期間に関わらず算入されます。「損害を加えることを知って」したとは、当事者双方が贈与が遺留分権利者の遺留分を侵害すると認識しており、かつ、被相続人の財産が将来少なくとも増加しないことを認識していたことをいいます。当事者双方が遺留分権利者を害しようとする意思までは必要ではありません。
(d)当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした不相当な対価の有償行為の対象となった贈与財産
贈与財産を譲り受けた者が、贈与としてではなく対価を支払って得ていたとしても算入されます。例えば、5000万円の財産を100万円で譲り受けていた場合がこれにあたります。
・負担付贈与について
負担付贈与がされた場合、算入される財産価格は負担の価格を控除した額となります(1045条1項)。また、不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価格とする負担付贈与とみなされます(同条2項)。
遺留分の割合(遺留分率)
各人の遺留分の割合は、
①まず相続人の組み合わせにより相続財産に対する遺留分の割合を算定し(相対的遺留分、1042条1項)、
②次に相続人が複数いる場合には、相対的遺留分に各人の法定相続分の割合(900条)を乗じて算定します(個別的遺留分、1042条2項)。
相対的遺留分
相対的遺留分は、相続人の組み合わせにより変わります。
①直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、②その他の場合は2分の1です(1042条1項)。
相対的遺留分
①直系尊属のみ | 相続財産の3分の1 |
---|---|
②その他 | 相続財産の2分の1 |
相続人の組み合わせによる割合は以下の通りです。
配偶者のみ | 2分の1 |
---|---|
子のみ | 2分の1 |
直系尊属のみ | 3分の1 |
配偶者と直系尊属 | 2分の1 |
配偶者と子 | 2分の1 |
個別的遺留分
個別的遺留分は、上記の相対的遺留分に各人の法定相続分を乗じて算定します(1042条2項)。
個別的遺留分=相対的遺留分×各相続人の法定相続分
【例】
被相続人Xの相続人として配偶者A、子B、子Cがいる場合
配偶者Aの個別的相続分=相対的遺留分2分の1×法定相続分2分の1=4分の1
子Bの個別的相続分 =相対的遺留分2分の1×法定相続分4分の1=8分の1
子Cの個別的相続分 =相対的遺留分2分の1×法定相続分4分の1=8分の1
となります。
遺留分額算定の具体例
【例】
被相続人Xの相続人として配偶者A、子B、子Cがいる場合で、Xの基礎財産が100万円だった場合
配偶者Aの遺留分額=基礎財産1000万円×個別的遺留分4分の1=250万円
子Bの遺留分額 =基礎財産1000万円×個別的遺留分8分の1=150万円
子Cの遺留分額 =基礎財産1000万円×個別的遺留分8分の1=150万円
となります。
遺留分侵害額請求について
遺留分侵害額請求権とは
被相続人が遺留分権利者以外の相続人や第三者に遺贈または贈与したことにより、遺留分権利者が遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合、侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができます(1046条1項)。
この権利のことを「遺留分侵害額請求権」といいます。
なお、遺留分侵害額請求権を行使しても、その原因となった遺贈や贈与の効力は否定されず、受遺者や受贈者に対する金銭の返還を求めることができるにとどまります。
例えば、夫が死亡した場合、相続人である妻の遺留分額は500万円であるのに、実際に遺言により相続した財産額は200万円である場合、遺留分侵害額300万円を取り戻すことができます。
民法改正との関係
2019年7月1日に改正民法が施行され、「遺留分減殺請求」が「遺留分侵害額請求」に変わりました。
法改正前は、遺留分を侵害する遺贈又は贈与は遺留分を侵害する限度において無効となり、目的物の所有権等の権利は当然に請求者に帰属することとされ、現物の返還請求が原則とされていました。
これに対し、法改正により、遺留分を侵害する遺贈又は贈与の効力は無効にはならず、金銭の支払いによる清算に変わりました。
そのため、返還を請求できるのは金銭のみで、土地や建物等の返還を求めることはできません。
遺留分侵害額請求権の期限
遺留分侵害額請求は、以下の場合は権利が消滅してしまい、請求することが出来なくなってしまいます(1048条)。
①遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年間行使しない場合
②相続開始時から10年が経過した場合
①について
「相続開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」とは、単に相続の開始や贈与又は遺贈があったことを知るのみではなく、当該贈与や遺贈が遺留分を侵害するものであることを知った時のことをいいます(最判昭57.11.12参照)。なお、遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上争っている場合はこれにあたりません(最判昭和57.11.12参照)。
②について
遺留分侵害額請求権は、上記①のような認識があったかどうかに関係なく、相続開始から10年経過で消滅します。
遺留分侵害額を請求できる者
遺留分侵害額請求をすることができる者(遺留分侵害額請求権者)は、①上述した遺留分権利者と②その承継人です。
②の承継人には、遺留分権利者の相続人、包括受遺者、相続分の譲受人等の包括承継人だけでなく、特定承継人も含まれます。
遺留分侵害額請求を受ける者
遺留分侵害額請求を受けるのは、遺留分を侵害する相続財産の受遺者・受贈者とその包括承継人です。
また、不相当の対価で被相続人から財産を譲り受けた者も、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした場合には受遺者とみなされて対象となります(1045条2項)。
受遺者・受贈者の負担額
(1)受遺者及び受贈者が相続人以外の場合
相続人以外の受遺者及び受贈者は、被相続人から受けた遺贈または贈与の目的価格を限度として遺留分侵害額の支払いを負担します(1047条1項柱書)。
例えば、相続人の友人Aが遺留分侵害額として500万円を請求されたとしても、Aが被相続人から受けた贈与の目的物の価格が100万円である場合、Aは100万円の限度で支払う義務を負うにとどまり、残りの400万円については支払い義務を負いません。
(2)受遺者又は受贈者が相続人である場合
遺贈または贈与の目的物の価格から、自らの遺留分額を控除した額を限度として遺留分侵害額を負担します(1047条1項柱書第3括弧書)。
例えば、相続人Aが相続人Bから遺留分侵害額として500万円の支払いを請求されたとしても、Aの遺留分額が100万円である場合、この遺留分限度額を超える400万円を限度として支払う義務を負うにとどまり、残りの100万円については支払い義務を負いません。
(3)受遺者・受贈者が複数いる場合
遺留分を侵害している者が複数いる場合に誰がどのような順番で負担するかについて、以下のように定められています。
①受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する(1047条1項1号)。
②受遺者が複数あるとき、または受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にさたものであるときは、その目的の価額に応じて負担する(ただし、遺言で別段の意思表示がある場合はその意思に従う)(同項2号)。
③受贈者が複数あるとき(②に規定する場合を除く。)は、後に贈与を受けた者から順次負担する(同項3号)。
また、死因贈与の受贈者は受遺者に類似することから、①の受遺者に次いで②の受贈者の中で最初に遺留分侵害額を負担するとする裁判例があります(東京高判平成12.3.8)。
遺留分侵害額請求権の行使の方法
遺留分侵害額請求権は、権利を行使する旨の意思表示をして初めて効果が生じる形成権です。
そのため、遺留分権利者が請求するためには意思表示をする必要があります。
これは、意思表示で十分ですので、訴訟を提起することまでは必要ではありません(最判昭和41.7.14)。
また、被相続人の全財産が一部の相続人に遺贈された場合において、遺留分侵害請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情がない限り、その申入れには遺留分侵害額請求の意思表示が含まれるとされています(最判平10.6.11)。
なお、遺留分侵害額請求権は、相続が開始してはじめて発生する権利です。
そのため、たとえ相続開始前に、相続が開始したとしたら遺留分を侵害する贈与がなされていたとしても法的手段をとることはできません。
遺留分侵害額請求権行使の効果
請求を受けた者が負う義務
遺留分侵害額請求が行使されると、受遺者または受贈者は侵害額に相当する金銭を支払う義務を負います(1046条1項)。
しかし、遺留分侵害額の支払い請求を受けた受遺者または受贈者は、遺留分権利者が承継した債務を弁済したり消滅させる行為をした場合、遺留分権利者に意思表示することで、消滅した債務額の限度で遺留分侵害額の支払い債務を消滅させることができます(1047条3項)。
相当の期限の付与
遺留分侵害額請求は、金銭の支払を求めるものです。そのため、被相続人から受けた遺贈の対象財産が不動産や動産であり金銭に換えることが困難な場合や、返済資金がない場合等、受遺者や遺贈者が金銭の返済ができない場合があります。
このような場合に、受遺者又は受贈者の請求により、裁判所は、金銭債権の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができます(民法1047条5項)。
裁判所が期限を許与した場合は、当該期限の許与をした金銭債務の全部又は一部の弁済期が変更され、その期限内は金銭債務につき履行遅滞に陥らないため、遅延損害金が発生しないことになります。
請求した相手方が無資力だった場合
遺留分侵害額請求を行使しても、相手方が無資力であるために支払うことができない場合の損失は、遺留分権利者が負担することになります(1047条4項)。そのため、遺留分権利者が他の受遺者や受贈者に対して、無資力者の分も支払うように請求することはできません。
遺留分侵害額請求額の計算方法
遺留分侵害額は、次のように算出します(1046条2項)。
遺留分侵害額
=①遺留分額
-②遺留分権利者が受けた遺贈や特別受益に当たる贈与の額
-③遺留分権利者が具体的相続分に応じて取得する財産額
+④遺留分権利者が負担する債務額
①については先にご説明した通りです。
②について
遺留分権利者が遺贈又は特別受益(民法903条1項)にあたる贈与を受けていた場合、遺留分額から控除されます(1046条2項1号)。特別受益とは、「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として」受けた贈与(903条1項)をいいます。
③について
遺産分割の対象となる財産がある場合は、遺留分権利者が遺産分割から取得すべき財産の価額を遺留分額から控除します(民法1046条2項2号)。
④について
被相続人が相続開始の時に有していた債務のうち、遺留分権利者の相続分に応じた部分に相当する負債が加算されます(民法1046条2項3号)。
なお、遺贈または贈与の目的財産が滅失したり、価格の増減があったとしても、相続開始時に現状のままであるものとして評価されます(904条の準用)。
具体例
夫Aが死亡し、相続人として妻B、長男C、次男Dがいます。
Aは亡くなる5年前に次男Dに営業資金として1000万円を贈与していました。
Aの遺産は5000万円。Aの遺言には「遺産は全てCに渡す」と書かれていました。
この場合、妻B、次男Dは、長男Cに対していくらの遺留分額を請求できるか。
(1)遺留分の基礎となる財産の算出
7000万円(相続財産)+1000万円(Dへの生前贈与)=6000万円
(2)それぞれの遺留分額の算出
Bの遺留分額=8000万円×1//2×1/2=1500万円
Dの遺留分額=8000万円×1/2×1/4=750万円
(3)遺留分侵害額の算出
Bの遺留分侵害額=1500万円(①)-0(②)-0(③)=1500万円
Dの遺留分侵害額=750万円(①)-1000万円(②)-0(③)=-250万円(すなわち侵害額なし)
以上から、BはCに対して1500万円の請求ができますが、Dは請求することはできません。
遺留分侵害額請求の手段
遺留分侵害額を請求する方法として、以下の方法があります。
①当事者間で話し合う
②内容証明郵便を送付する
③調停で請求する
④訴訟を提起する
当事者間で話し合う
まず、円滑な解決を目指すために当事者間で話し合う方法があります。
内容証明郵便を送付する方法
当事者間での話し合いがまとまらない場合、③④の方法を取ることが考えられます。
仮に当事者間での話し合いを進めていたとしても、遺留分侵害額請求権の時効が完成してしまわないように、内容証明郵便を送付しておく必要があります。
調停で請求する方法
当事者間での話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所に申し立てて、調停委員会に当事者間の交渉を仲介してもらうことができます。
これは、訴訟とは異なりあくまで話し合いとしての解決を目指す手続ですので、比較的利用しやすいのが特徴です。
訴訟を提起する方法
調停でも話合いがまとまらない場合、訴訟を提起することができます。
まとめ
以上のように、遺留分害額請求権には短い期限があるため、時効が完成してしまわないよう早期の対応が必要となります。
また、遺留分制度は複雑であることからも、遺留分の侵害に気づいたら、早めに弁護士に相談されることをお勧めいたします。