イギリスに財産を有する日本人が亡くなった場合の相続手続
目次
日本における遺産相続の準拠法
日本の国際私法である「法の適用に関する通則法」36条では、相続は被相続人の本国法によるとされています。
したがって、日本人が亡くなった場合で、日本にある遺産の相続を行う場合の準拠法は、日本法になります。
相続人の範囲や相続分に関する問題については日本法に従って決定されることになります。
日本にある遺産の相続手続
日本に居住する日本人が亡くなった場合、日本にある相続財産については、日本の相続手続きにより相続されます。
日本では包括承継主義が取られていますので、相続開始とともに、相続財産は全て当然に、法定相続人(遺言がない場合)または受遺者(遺言がある場合)が相続することになります。
相続財産に不動産が含まれる場合、相続人又は受遺者は、遺産分割協議書又は遺言書により不動産の登記名義の変更を行うことができます。
また、相続財産に銀行預金が含まれる場合、相続人又は受遺者は、遺産分割協議書や遺言書により、銀行預金の解約や名義変更を行うことができます。
イギリスにある遺産についての準拠法
日本に居住する日本人が亡くなった場合で、被相続人がイギリスに不動産や銀行預金を有していた場合、イギリスに所在する遺産の相続手続きはイギリスにおいて行われることになりますので、準拠法の決定はイギリスの国際私法によって決定されることになります。
イギリスの国際私法では、相続分割主義が取られており、不動産については不動産所在地の法が準拠法となり、動産については被相続人のドミサイル(domicile)のある地の法が準拠法となります。
ドミサイル(domicile)とは居住の意思をもって定住している場所をいいます。
日本に居住する日本人については、ドミサイルは日本と考えられますので、銀行預金や証券の相続については日本法が準拠法になります。
一方、イギリスに所在する不動産については、不動産の所在地法であるイギリスの法が準拠法となり、相続人の範囲や相続分に関する問題についてはイギリスの法によって決定されることになります。
なお、イギリスは、地域的不統一法国であり、スコットランド、北アイルランド、イングランド及びウェールズでそれぞれ異なった法が存在します。イギリスの法律が準拠法となる場合は、その中のどこの法律が適用になるかを確認しておく必要があります。
管理清算主義
イギリスでは、管理清算主義が取られており、日本の場合と異なり、相続人だけで自由に遺産の分割を行うことはできません。
これは、イギリスに所在する財産について適用されますので、相続人や被相続人が日本人で、日本に居住している場合であっても、イギリスに相続財産が有る限り異なりません。
従って、ご親族が日本、ヨーロッパ、その他の国でお亡くなりになり、その方の遺産相続をする過程で、お亡くなりになられた方がイギリスに銀行預金や不動産、その他の財産を有していたことが分かった場合には、裁判所(Probate Registry)の監督下において行われる清算手続を経て、残った財産のみが相続人や受遺者に分配されることになります。
この裁判所の監督下で行われる清算手続をプロベイト手続きといいます。
ソリシターへの代理権限授与
プロベイト手続きを行うためには、日本の法定相続人や遺言執行者から、ソリシター(Solicitor)と言われる現地の代理人(行政事務を専門とする弁護士)に対して、プロベイトの申請手続きについての代理権限を授与する必要があります。
現地のソリシター(Solicitor)に代理権限を授与する書類を委任状(Power of Attorney)と言います。
委任状(Power of Attorney)の書類はソリシターがドラフトしてくれますので、日本の相続人や遺言執行者は、委任状の内容を確認の上、問題がない場合は委任状にサインして原本をソリシターに郵送することになります。
ソリシターは、オンラインにより、プロベイトの申立書、委任状、遺言書、出生証明書、死亡証明書、結婚証明書、パートナーシップ証明書などの書類を裁判所(Probate Registry)に提出します。
プロベイト手続き
裁判所(Probate Registry)は、ソリシターから提出された各種書類を確認し、問題がない場合は、検認証書(Grant of probate)又は遺産管理状(Letter of administration)を発行します。
検認証書(Grant of probate)は遺言書がある場合に発行されるもので、遺言書の中に記載された遺言執行者(executor)が遺産の正当な管理権限を有することを示すものとなります。
一方で、遺産管理状(Letter of administration)は遺言書がない場合に発行されるもので、遺言管理状に記載された相続財産管理人(Administrator)が遺産の正当な管理権限を有することを示すものとなります。
遺言執行者や相続財産管理人は、Personal Representativeと呼ばれ、検認証書(Grant of probate)や遺産管理状(Letter of administration)を金融機関や不動産の登録所に示すことで、銀行預金の解約や不動産の名義変更を行うことができます。
遺言執行者や相続財産管理人(Personal Representative)は、相続税(inheritance tax)やその他の債務の支払いを行い、残余の財産があれば遺言書や法定相続分に従い、受遺者や法定相続人に分配を行います。
少額遺産(Small Estate)の場合
遺産の額が1万5000ポンド(日本円で約300万円)を下回るなど、少額の遺産しかない場合には、プロベイトの手続きなしに銀行預金の払戻がされる場合があります。
いくらの金額以下の場合にプロベイト手続きが必要なくなるかは、銀行ごとに基準が定められていますので、各金融機関に確認いただく必要があります。
Joint Account又はJoint Tenancyの場合
イギリスにある銀行預金が夫婦のJoint Account(共同口座)になっている場合で、夫婦のいずれかが死亡した場合には、生存している配偶者は、亡くなった人の持分を当然に取得することになりますので、プロベイトの手続きをとる必要はありません。
Joint Accountは日本での合有に近い性質を有していることになります。同様に、イギリスに所在する不動産がJoint Tenancy(共有名義の不動産)の場合、共有者の一方が死亡した場合には、生存している残りの共有者は亡くなった人の持分を当然に取得することになります。
その結果、Joint Tenancy(共有名義の不動産)については、プロベイト手続きは必要ないことになります。
被相続人がヨーロッパやCommonwealthにドミサイルを有していた場合
被相続人が、ヨーロッパの国々や、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポール、マレーシア、南アフリカなどのかつてのイギリス連邦(Commonwealth)にドミサイルを有していた場合、ヨーロッパやイギリス連邦の国で遺言執行者選任決定書(grant of probate)や相続財産管理人選任決定書(grant of letter of administration)を取得している場合があります。
この場合、イギリスの裁判所(probate registry)に再度プロベイトの申立てをする必要はなく、イギリスの裁判所に対して、外国における遺言執行者選任決定書(grant of probate)や相続財産管理人選任決定書(grant of letter of administration)を承認(reseal)する申し立てを行うことになります。
外国(日本)で作成された遺言の効力
1963年遺言法(Wills Act 1963)により、外国(日本)で作成された遺言は、遺言が作成された国の国内法の要件に従って作成されている場合、または遺言の作成時または被相続人の死亡時における被相続人の国籍または住所地である法律の要件に従って作成されている場合には、イギリスにおいて有効なものとしてみなされます。
なお、遺言がある場合の相続手続きをtestamentaryと言い、遺言がない場合の相続手続きをIntestacyと言います。
Intestacy Rule
被相続人がイギリスの居住者で遺言を残さずに死亡した場合に、被相続人の財産がどのように分配されるかは、イギリスのIntestacy Ruleによることになります。
イギリスの非居住者がイギリスに財産を残して死亡した場合で、イギリスの法律が準拠法となる場合(日本に居住する日本人が亡くなった場合で、イギリスに不動産を所有していた場合が該当します)も同様です。イギリスのIntestacy Ruleによる法定相続分は次の通りです。
配偶者又は法的に承認されたパートナーと子供がいる場合:
配偶者又は法的に承認されたパートナーは、遺産と被相続人の個人の所有物の中から法定遺産と呼ばれる最初の270,000ポンド(約5400万円)を、その価値に関係なく受け取ります。残りの半分も配偶者又は法的に承認されたパートナーが承継し、残りは子供の間で均等に分けられます。
未成年の子供が承継する財産については18歳に達するまでは預けられます。子供が亡くなっている場合、その相続分は孫に承継されます。夫婦やカップルが別居していて、死亡時に法律的には離婚していなかったという場合でも、配偶者又は法的に承認されたパートナーが相続することになります。
生存配偶者がいるが、子供がいない場合:
生存配偶者がいるが、子供がいない場合、生存配偶者またはパートナーは、最初の270,000ポンド(約5400万円)を受け取り、残りは配偶者・パートナーと生存している親との間で半分ずつ分割されます。生存している親がいない場合、相続分は被相続人の兄弟(または姪・甥)に承継されます。
これらの相続人がいない場合には、配偶者・パートナーは遺産全体を相続します。
生存配偶者や法的に承継されたパートナーがいない場合:
生存配偶者や法的に承継されたパートナーがいない場合、遺産全体が子供または孫に分配されます。
子供または孫がいない場合には、遺産は、親、兄弟(死亡している場合には甥・姪)、異父母兄弟(死亡している場合には子供)、祖父母、叔父・叔母(死亡している場合にはいとこ)、両親の異父母兄弟及び異父母姉妹(死亡している場合は子供)の順番に承継されます。
イギリス国内にある財産に対する相続税
イギリスの相続税(Inheritance Tax)は、イギリスの居住者の財産と海外の居住者がイギリスに有する財産に対して課税されます。
その結果、イギリスに居住する日本人が亡くなった場合、当該日本人がイギリス国内で所有していた遺産だけでなく、世界中で有していた全ての資産に対してイギリスの相続税が課せられることになります。
これに対し、日本に居住する日本人が亡くなった場合で、被相続人がイギリスに資産を有していた場合には、イギリス国内に存在する資産に対してのみイギリスの相続税が課せられることになります。相続税の対象となる遺産には、不動産、現金、投資金、その他の所有物が含まれます。
イギリスの相続税は、不動産の正味価格に加え、被相続人が死亡する前の7年間の間になされた遺贈に対しても課されることになっています。
相続税率と優遇措置
イギリスの標準的な相続税率は40%です。
イギリス国民であるか、外国人居住者(イギリスに居住する日本人)であるか、イギリスに資産を持つ非居住者(日本に居住する日本人でイギリスに資産を持つ者)であるかにかかわらず、相続税率と優遇措置は同様の制度になっています。
- 遺産の価格が325,000ポンド(約6500万円)未満の場合、通常税金はかかりません。この非課税基準はすべての規模の財産に適用されるため、40%の税率はこの金額を超える分にのみ適用されます。
- 配偶者、慈善団体、アマチュアスポーツクラブは相続税が免除されます。
- 被相続人が死亡する7年前までの間に生前贈与を受けた場合、イギリスの相続税は免除されます。
- 一部の事業用資産には50〜100%の税額控除があります。
- 遺産のうち少なくとも10%を慈善団体に寄付すると、遺産にかかる税率を36%に減じることができます。
- 主たる家(自宅)が子供または孫に相続される場合、この遺産の非課税基準額は最大200万ポンド(約4億円)になります。
イギリスの相続税の申告手続
遺産の一部がイギリスに所在する場合、遺産の規模や価値に関係なく、イギリスの税務当局であるHM Revenue & Customs(HMRC)に申告する必要があります。
非居住者の場合(日本に居住する日本人の場合)、相続税の申告の際には、相続税フォームIHT(Inheritance Tax)401を使用します。
遺産の額が325,000ポンド(約6500万円)の非課税基準(基礎控除額)を下回るなどして相続税の支払いがない場合には、フォームIHT(Inheritance Tax)205を使用します。
イギリスの相続税の納税手続
HM Revenue & Customs(HMRC)の規則では、イギリスで相続税の納税義務が発生する場合、被相続人の死亡から6か月以内に財産管理人(administrator)又は遺言執行者(executor)が相続税を納めることになります。
したがって、相続人が自らイギリスの相続税を支払う必要はありません。
ただし、相続した財産の売却から利益を得た場合には、所得税や譲渡所得税などその他の税を課されることがあります。
相続税の納税が遅滞した場合、延滞税が発生します。相続税を支払うには、納税整理番号が必要です。
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